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書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

『アンナ・カレーニナ』ノート(2)

今回は集英社から出ている世界文学全集シリーズ版の、100pp~250ppくらいまでが対象です。
ノート感覚でつけているので大した考察もないですが、一緒にトルストイの文章を味わいましょう。

 それから、前回では触れませんでしたが、最小限の登場人物の整理を。

アンナ・カレーニナ……カレーニン男爵?伯爵の夫人。美人。主人公1。
レーヴィン……田舎の地主。主人公2。オブロンスキイとは親友。キティに告白するが……
オブロンスキイ……明るく、社交的な性格。主人公3? ドリイが妻。
キティ……ドリイ、アンナの姉妹。
ウロンスキイ……若い社交界の貴族。最初はキティとうまく付き合うが……


 登場人物の説明の通り、アンナをめぐる社会はとても社交界の場面が多く、貴族が出てはダンスをしたり、伯爵と夫人の「社交辞令」的な挨拶が交わされたりしますが、その場面から一つ二つ。

 彼は独特の冷ややかな薄笑いを浮かべた。
「ここはあんまりきらびやかで、目がちらちらしてしまいましてな」と言って、彼はスタンドの方へ歩き出した。彼はついいましがた別れたばかりの妻に出会った場合に、夫が見せなければならぬ微笑を妻に送り、相手によって態度を変えながら、侯爵夫人や知人たちとあいさつを交わした。つまり、婦人たちには軽口をたたき、男たちとは耳障りのいい言葉を投げ合った。貴賓席のすぐ下に、カレーニンの尊敬している、知性と教養の豊かさで知られた侍従武官長が立っていた。カレーニンは彼と話をはじめた。(トルストイアンナ・カレーニナ集英社・世界文学全集シリーズ、pp198)

 このシーンの直前では、カレーニンとアンナの夫婦の会話がなされるのですが、それにしても「ついいましがた別れたばかりの妻に出会った場合に夫が見せなければならぬ微笑」というのはすごいですね。ここでは、相手に見せる微笑や、挨拶の言葉が、ことこまかく規定されているかのようです。実際、すぐ次の文章でも「相手によって態度を変えながら」、婦人たちには軽口を、男たちには耳ざわりのいい言葉(褒め言葉か)などを、使い分けるわけです。ここに、18・19世紀のロシアの社交界における、会話の規則とでも呼べるようなものが伺えると思います。

 もう一つ。

 アンナの顔は青ざめて、きびしい表情をしていた。彼女は、どうやら、ただ一人のほかは、何も誰も目に入らないらしかった。その手はぶるぶるふるえながら、固く扇をにぎりしめ、息を呑んでいた。彼はちょっとアンナに視線をとめたが、急いで目をそらし、ほかの顔を見まわした。
 『ほらあの婦人も、誰もがみなひどく興奮している。うん、これがごく自然なのだ』とカレーニンは自分に言い聞かせた。彼はアンナの方を見まいとしたが、視線がひとりでにそちらへ引き寄せられた。彼はまたその顔を見守り、そこにはっきりと書かれているものを読むまいと努めたが、意志に反して、知りたくないものをそこに読みとり、慄然とした。(pp200)

 ウロンスキイが競馬レースの最中に失敗をして馬ごと落ちるシーンで、ウロンススイと不倫の関係にあったアンナは今や夫のことも忘れて彼の不運を嘆くのですが、ここに引用したシーンのように、視線や表情の読み取りといった記述が社交シーンには多い。ここはトルストイ独特の、緊張感のある筆運びとなっていると思います。誰それが誰それを見る、その表情はうんたらうんたらで、誰それは悲しくなるが、しかしその悲しい表情を見た誰それは、視線を逸らして……みたいな、複雑な「視線のやり取り、表情の読み合い」が心中においてなされているといえます。

 続いては、レーヴィンが田舎に戻って自然である農地に勤しむシーンです。

 ちょうど夏の峠にあたる時期で、今年の収穫はもうきまり、そろそろ来年の作付けの心配がはじまり、草刈りが近付き、ライ麦がすっかり穂をつけ、まだ実の入らぬ軽い薄緑色の穂が風に波打ち、緑色の燕麦が、ところどころに黄色い草むらをくっつけて、遅蒔きの畑にそって不揃いに飛び出していた。早蒔きの蕎麦はもう花をつけて、地面をおおいかくし、家畜の蹄で石のように踏み固められた休耕地も、鍬の刃もとおらぬあぜ道を残して、もう半分ほど起こされていた。畑に運び出された堆肥の山が、もう乾きかけて、夕方になると弟切草といっしょに甘酸っぱい匂いを漂わせ、低地には、刈られるのを待つばかりの大切に守られてきた牧草の海原がひろがり、ところどころに引きぬかれた酸葉の茎が黒々と積まれていた。(pp230)


 これ以外にも、秋や冬、春を迎える大自然の様子が丹念に描かれていて、そのシーンは社交界の人々の機敏な心理のやり取りと同じくらい面白いです。都会と田舎の大きな対比構造ですが、人間観察も充実していますね。

 (3)はまた後ほど!