書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

たいくつ(部分)

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mistyです。ちょっと事前説明をさせてください。さきほど、PCメールの下書きを遡っていたら、まだ僕が大学生だった頃、2011年1月の日付で保存されていた「たいくつ」という小説の、一部分が見つかりました。
 「たいくつ」は長編で書こうと思っていて、自由にのんびり書いて、楽しかったのを思い出しました。江国香織さんが描く子供たちのきらびやかな世界というものを書きたくて、ノートやルーズリーフ、何で書いていたっけ……? とにかく、大学4年だから21歳のときの僕の拙い小説で、おそらく今以上に誤字・脱字・基本的な間違い(”――と彼は言うのだけれど――”と打つべきところを、―と彼は言うのだけれど―”みたいに[―]これ一つで済ませちゃったりとかがすぐ見つかりました苦笑)が多いはず。

 長いですが、掲載したいと思います。だいぶだいぶ暇な人は読んでみてください。

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たいくつ(部分)


 レストラン内の音楽が、いつの間にかまた優雅なクラシックに変わる。少しだけゆるやかなムードが流れて、それでも今の私の心のだるさには中々届いていない。
 目の前の男の笑顔―目尻に皺を寄せて、乾いた声をはさみこむ、くったくのない感じ―が、こんなにも私にとって苦痛なものだったろうか。無味乾燥にすら思えて、私の中心からはどんどん遠ざかっていく、本体である彼自身とともに。私たちは両方とも食事をすっかり終えて、金縁のお皿はウエイターに未だ下げられることなく、空っぽのまま私たちの動向をひっそりと見つめているかのようだ。私とその男の会話に、もっともらしいことなんて何一つないのに。
 私たちの関係を敢えて形容することすら面倒だが、強いて言うなら、それはちょうどこの、食べ終わった後に取り残されたお皿のようなものなのかもしれない。というより、お皿にすぎないのかもしれない。汚れのついたお皿は、それがついたまま、私とその周りの風景を薄く反射する。つまり、お皿そのものに実体はない。お皿そのものは何かを言うわけでもなく、作動されることと言ったら送り込まれた外部標識を少しだけ歪めて、思考停止のように送り返すーその真ん中は虚無だ。
 自分の考えがあまりに本質に近づいているように思われて、20歳の次穂は思わず身体の奥底からくる冷気を感じる。私はかつてこの人のことを本当に好きだったのだろうか? そんなことを考えてしまって、ため息をつきたくなる。
 言われるまでもないーこれは、おそらく一般に「倦怠」と呼ばれている現象だ! でも、あまりにも早すぎる倦怠だし、むしろそれは終焉、あきらめの方に近い気がする。
 男は、何にも気づかず、繰り返し意味のない笑った顔を私に向け続けている。 

 さて、友情の誓いは、夏休み期間限定だったな、と思い返す。友情の誓いが生まれたきっかけも平凡、というよりよく分からないものだし、なぜあれほどまでに当時の私とさきちゃんは友情の誓いに熱中したのだろう。 でもそれはとにかく、熱くてゆるぎのないものだった。何しろ「人生のパートナー」だ。今から考えればそれは間違いなく、「良き夫婦」の目標であるべきだし、小学生ごときが本気で実行できるようなものではない。 
 それくらい、さきちゃんのことが好きだったんだろう、それは間違いない。

 友情の誓いが立てられた空き地は、確か翌年の春頃にはもう買い取られて、立派でよそよそしい一軒住宅がどんと建てられることになった。だからもちろん、あの頃の空き地は跡形もなく消えて、友情の誓いの言葉もそれを特徴づける木の杭の目印も、世界からは忘却された。いや、それは間違いだ。今でも、私の頭の中に、現在に生きる過去の輝かしい遺産として、残り続けている。ぱさぱさとした土の感触、小石で深く刻み込んだ「パートナー」の文字、風に吹かれて運ばれる、すこやかでどこかあおっぽい香り。 友情の誓いは、もしかしたらその夏の始まりの合図だったのかもしれない。

 ショパンの、悲しい曲調のワルツが流れる。街のネオンがところどころ光って、その美しさだけが私の心にみゃくみゃくと押し寄せてくる。


☆ 


 朝。なんとも、久しぶりにぴかぴかに晴れた、びっくりするくらい強烈な朝日が差し込む朝だった。
 こういうのは、かえって人を混乱させる。これだけ雨の日が続いているとそっちのほうに慣れてしまい、太陽の光を実感として抱けなくなるのだ。次穂はそんな軽い混乱にとらわれながら、いつも通りの朝の作業を迎えた。
 朝ご飯ートースト、ほうれん草のおひたしスクランブルエッグーを半分食べ終えた所で、姉の亜紀ちゃんがのっそりと顔を出す。亜紀ちゃんは、最近顔立ちとか要旨がどんどん大人びてきている気がする。すらりとした手足とか、長くのばした黒髪だとか、小さめだけどとてもきりっとしている瞳だとかー最近そんなことに改めて気づいて以来、12歳の次穂は20歳の姉のことをますます誇らしく感じる。私とは大違いなのに、私の姉なのだ! 私も年を重ねたら、亜紀ちゃんみたいに手足がすらりとしてきて、長い黒髪なんかが似合うようになってきて、そしてきらりとした眼差しで人のことを見たりすることができるのだろうか。

 亜紀ちゃんが通っている、「大学」という所には、そんな亜紀ちゃんみたいな人がほかにいるのだろうか? 亜紀ちゃん一人が素晴らしすぎて、大学という所もちょっと困っているのではなかろうか? 「ちょっと、そんなきれいな人に来られては、私たちも困ります。」みたいな。 そんなことを想像していると、少しだけ可笑しく思えてきて、つまらない朝のことをほんのり愛しく思えた。
 亜紀ちゃんは相変わらずお寝坊だ。お寝坊なのにきれいなんてうらやましすぎる。
 「おはよう、お姉ちゃん。」 「…おはよう。」
 姉はそういって、姉専用の椅子ー姉のお気に入りの色である、黄色のクッションカバーが敷いてあるーにどさりと腰をおろした。
 お寝坊の亜紀ちゃんだが、今日はいつもと違って不機嫌という訳ではないように見えた。つまり、近寄りがたい雰囲気が薄くなっている。ぴかぴかと光っている朝日のせいだろうか。
 父はもう家を出ていてーそれがいつものことなのだー、次穂と姉とお母さんの3人の時間が流れる。お母さんはというと、特段何もしない私たちと違って、朝はいつも動き回ってる、気がする。エプロンを身に付けて、私たちを何故か諌めるように。
 とぼとぼと姉妹が朝食にありついていると、ふいに亜紀ちゃんが口を開いた。
 「ねぇ次穂。」
突然の問いかけだったので私はちょっと面食らってしまった。
 「う、うん、何?」 拾いかけたほうれん草の一葉がはしからこぼれ落ちていく。
 姉の亜紀ちゃんは愉しそうに、
 「最近はテストばかりだけど、それでも学校楽しんでやっていける?」
と、次穂の方に顔を近づけるようにして放った。
 なんだ、そんなことかと次穂はたちまち安心して、すぐに
 「うーん。まぁまぁかな。」 と、とても中身のない返事をしてしまった。すぐに後悔することになる。
 「算数が最近微妙って言ってたけど、どう?」
この質問には少しばかりの時間を置かなければならない。 トーストの耳をちゃんと飲み込んでから、次穂は言葉を返した。ごくん、っぱっ。
 「…ダメかも。 なんかね、私、分数の計算が苦手なんだ、やっぱり。」
 「苦手って?」 「苦手というか、すごく時間がかかってしまう。その割には、いつも計算が間違うの。」
 「分数の、足し算?」 「ううん、割り算。 割り算が、時々やり方を忘れてしまって。」

 「ふーん。」
亜紀ちゃんはそこで言葉を切った。何かしら考え事をするような、目つきになっていた。会話が必然的に止まる。 私、正直に話したけど、もうちょっと言い方を変えればよかったかな。

 また、黙々とご飯を食べる二人の光景に切り替わる。そこに、朝の色々な作業を「4分の3」ーお母さんはいつもそう表現するー終えた母が、温かいコーヒーを入れたマグカップを片手に、リヴィングテーブルの席に登場する。
 お母さんが登場するということは、それはつまり亜紀ちゃんの関心事が主にお母さんとの会話になることを意味している。そしてちょうどよく次穂は自分の分の朝食を終えるのだ。
 「亜紀、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
差し障りもない口調で母の質問タイムは始まり、次穂は朝ご飯の乗っていた銀色のプレートをシンクまで運び、そしてリヴィングを去る。 
 次穂は、歯磨きをしながらあることに気づく。そういえば、姉とちゃんとした形でー?二人きりで真面目な話をするということかなー、しかも朝から話をするというのは、割と久しぶりではないのだったろうか、と。 それは次穂に幸福な嬉しさをもたらす。


 夜。時計は10時を回り、小学生であるべきの私は、そろそろ就寝に取りかかる時間だ。
学校の宿題がひどくつまらない。あと計算問題を2つ解いたらおしまいという所で電源が切れてしまって、仕方がないのでお風呂に入ったりテレビを見たりして、そうやって折角自分の机に戻ってきたというのに、またしてもやる気が起こらない。ううん、やる気が起こらないというより、もっとひどくなってる。眠いのもあるんだけど、何だろう、ふわぁ。

 次穂の部屋は、次穂が小学5年生に上がった春に、与えられた。かつて姉の部屋だった場所に。
今では、すっかり次穂の好みにあった部屋に仕上がっている。部屋は、住んでいる人の肌に近くなるんだ、と私は思っている。そしてこの部屋は1年前の春から今まですっかり私が主になっているので、当然私いろに染まるのだ。
 まず本棚が全部あわせて4つあり、一番大きいのが白色の木製、次にシルバーの金属製の、それから赤色と青色の、高さ70センチくらいの小さめのやつ。それぞれが、机の両端にぴったりくっつくようにして配置され、こうやって机から眺めてみるとそれぞれに手が届くので、気持ちがいい。机は、幼稚園の頃からずっと使ってきた、大きな学習机。こればっかりは、少なくとも今の私の好みとはかけ離れている。ライトな薄い色のペンキが塗られた、ばかでかい学習机。
 ドアから離れるようにしてベッドー本棚の次に次穂が気に入っているものーがどかんと置いてあり、スペースの空いた所には、ムーミンの大小そろったぬいぐるみがどっさり置いてある。主人公のムーミン(もちろんムーミンパパやママもだ、当然!)の他にも、ヘムレンや、それから次穂が尊敬してやまないスナフキンといったキャラクターが、仲睦まじげに並んでいた。

 花柄の壁紙を張り替えることは、結局お父さんから許してもらえずじまいで、そのままになっている。ドアの頭方向に、大きめの洋時計がばばんと飾ってある、そんな部屋。

 「もういいや、明日やろうっと。」
そう口にすると、おかしなもので途端に気持ちが楽になり、私はベッドにばすんと身体を預けた。深くうずくまってから、息を吐く。はぁ、今日も1日、過ぎていったな。

 しばらくそうしていると、耳が澄まされ、そしていつものごとく隣の姉の部屋から、姉が好んでかけている音楽が少しずつもれて聞こえてくる。
 亜紀ちゃんの好きな音楽のことは、よく知らない。ただ、亜紀ちゃんが無類の音楽好きということだけを知っている。…と。

 「なんでよっ!」
亜紀ちゃんの、声だ。 これは、亜紀ちゃんが怒っている声だ。 薄く鳴り響いている音楽の中からそれは突如として姿を現した。次穂はふわぁ、亜紀ちゃんがおこっている声を出している、とぼんやりと思った。

 「それは自分が悪いんじゃない…違う…ううん…だから…」
後の方の声は、音量も下がっていて、はっきり言って聞き取れなかった。これは間違いなく電話だ。だって、お父さんもお母さんも、まだ二人とも1階のお部屋にいるから。
 今日は特別に蒸し暑かった、私はふいに、しっかり羽織っているパジャマのことがうとましくなって、今日はTシャツで寝ようと思い、ゆっくりした手つきで上着パジャマのボタンに手を掛けた。
 自分が立てる動作の音で、、もう隣の部屋の音が聞こえてこない。
おこった亜紀ちゃん。 電話の向こう越しにいるだろう、亜紀ちゃんの話し相手のことを憎らしく思った。なんで電話なんかでわざわざ亜紀ちゃんを怒らせてしまうんだろう。みっともない人。
 しばらくして、私はすやすやと眠りの中に落ちていく。


 高田君の姿を目にするのが、とても嫌だ。というより、気恥ずかしいというか、みじめな気持ちになる。と同時に、なんで高田君ごときにーこの言い方はひどいけど、今はそんなことも言ってられないー私は悲しい方向に振り回さなければならないのだろう、と思ってしまって、それもまた少しだけ苦しかった。
 相変わらず、さきちゃんは私の見方だった。ううん、友情の誓いを立てたあの日から、「人生のパートナー」として。そんなパートナー、むしろ次穂にとってのスーパーマンのさきちゃんも、四六時中次穂のことをかまっていられる訳にもいかない。例えばこうして国語の授業を受けているときなんかには、さきちゃんはどうしても彼女の席、私の斜め後ろに座ってじっとしなければならず、私とさきちゃんの間に見ただけの距離ができる。

 「…ごめん、えっと、国語の教科書忘れてきたみたいなんだ…」
 授業が始まって5分後、高田君は妙にどぎまぎして、さも申し訳なさそうに私にそう告げた。勘弁、教科書のたぐいをあなたは決して忘れないで! 角刈りにしている高田君の頭部だけを見ると、なんだか彼のことがイグアナのように思えてきた…。 ざらっとした、奇妙な質感のある、あのイグアナだ。 何を考えているか分からない目をして、ざらざらの皮膚をまとって、人間に歯向かってくるあの感じ。

 仕方ないので自分の教科書を二つの机の真ん中に置く。あぁ。
なるべくばれませんようにと思っても、クラスメイト達はこざとく気付く。 例の、給食のときの”赤面事件”ーさきちゃんが、賢慮にもそう名付けたー以来、クラスのみんなが私と高田君のことを「そういう」目つきではやしたてるようになった。私は努めて影響されないふりをした。それは自分ではけっこううまくいっているように思えたけど、周囲の過剰反応は高まるばかりだったし、それに次穂も次穂で自分が完璧な存在でないことが分かっていたので、こういう風に”突然教科書を見せてくれるように頼まれる”シーンが起こるのには困った。覚悟もしていない事柄なので、心の準備が整わないのだ。高田君は何やら勝手にどぎまぎしているし。すると、私まで何か変にどぎまぎしてくるじゃない…。

 今の時間中、なるべく高田君と目が合わないように気をつける…。教科書の左のページと、それから黒板とノートだけ見ていればいいんだ。

 「…じゃあ、次のページから、誰かに読んでもらおっかな。」
若くて可愛い先生が、今日は珍しく眼鏡をかけてーオレンジ色のフレームの、私にはないとても明るくて元気な印象だー、そう言った。
 「それじゃあ、今日は7月20日だから、足して27! 出席番号27は…小宮さん、だね。」

 ぎくっ。
 「はい…。」 私を当てるなんて、まだこの高田君と教科書を共有しているという事実を、知らない人もいたはずなのに…。 思った通り、私の名前が呼ばれたことで、視線は一気に次穂ーそれから隣の高田君ーに集まった。そして、気付かれる。
 「あら、そこは、どっちか教科書を忘れたの?」
次穂は黙って下をうつむいた。すぐに、
 「はい、ぼ、ぼくが忘れて、それで小宮さんに見せてもらっています…」
という頼りげのない声が返った。
 担任の先生は、若くて、そして若いわりには色々と気のつくいい先生だったけど、今の私を取り巻く環境のことを、おそらく未だ知らないのだろう…。先生は見方にはなり得ず、したがってそうえなければ敵である。事態を好ましくない方向にもっていく。
 「そう。 高田君、今度からは気をつけてね。 じゃあ小宮さん、悪いけど、そのまま高田君も読むことができるように、座って朗読してね。」

 「分かりました。」次穂は小さく告げた。
それから私は黙々と、いつもは楽しいはずの教科書朗読を始めたが、そのおかげで右ページ、ひいては高田君の姿も視界に入り込まざるを得なかった。
 ”人生って、苦しいこともあるよね。”
学校の帰り道で、いつか独り言のようにそうつぶやいた、さきちゃんの言葉が蘇る。さきちゃんはまだ子供なのに私なんかよりずっと頭脳が明晰で、たまにつぶやく言葉には恐ろしいほどの説得力が宿る。 人生って、苦しいこともある。今が苦しいときだ、間違いない。

 次穂はあくまでも冷静さを装って、その苦行に身をひそませた。


 「つーちゃん大丈夫? 今日はなんか、怒ってるね。」
優しいさきちゃんが言う。校庭にある巨大な遊具の中にある、あまり人気のないマイナーな鉄棒コーナーの片隅。 
 外はさんさんと太陽の光が空気を包んでいて、そして所々に植えられている背の高い樹。 木の葉は光を浴びて、色素の薄い、透き通るような若葉色に染め上げられる。風を受けて、僕たちは元気なんだ、生きているんだよ、と、全力の力をもってたなびいている。
 「怒ってはいないよ。でもね、でもね、」
 「国語の時間?」
 「…それもあるかな。」

(筆者注・ここで下書き保存された文章は終わりです)

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