書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

夢の中で死んだ鳥は現実(1)

夢の中で死んだ鳥は現実
misty

 バードが死んだ。彼女の夢の中で死んだバードはいかにも薔薇色に染められた概念としての現実だったのだ。彼女はバードを思い浮かべた。そこには宗教の鳥があった。彼女と私は宗教の鳥に魅せられていた。そこがはじまりの地点だった。
 バードは夢の中でいくつもの鋭利な棘をもつ弾丸に撃ち抜かれて死んだ。そのとき世界中に咲き誇る鳥たちの頭がいくつも飛び散って血の塊となり空へと大地へと降っていった。血の雨。人々は「悪魔だ! 悪魔の火だ!」とたいそう恐れ、各々自分たちの家に逃げ帰っていった。しかしそれは祝福の開始でもあったのである。なぜなら今後地球の主人となるのは人間ではなく、鳥たちであるのだから。彼女は鳥であることを夢想した。「鳥に―なること……生成変化。私が鳥だったら、どんなに素敵なことかしら」
 はじまりは、そんなものだったのだ。

 バードは、正確には一匹ではなく、六匹いた。スズメ、ツバメ、フクロウ、カラス、シジュウカラカササギの組だった。カラスは狡猾だが実に怜悧で頭脳明晰だった。フクロウは知恵に長け、勇敢で、意志の力の強さを持っていた。スズメは臆病で、震えることがあり、他のメンバーにもあまり自分の意見を言えない小ささをもっていた。バードたちは美しい森の中を飛んでいた。そこには様々な色、青、紅、黄色、橙、水色といった薔薇の花で彩られた湖があった。森の木々はきほんてきに広葉樹で、明るく、光の差す力を全力で受け止め、生命たちに純粋なるエネルギーを与える場所となっていた。森は一つの方向で笑っていたのだ。だからバードたちも自由に飛翔しながら微笑することができた。生命のリズム。風、木々のざわめき。薔薇の歓待にバードたちは嬉々とした。湖面ではオオサンショウオであるところの湖の〈主〉ルシフェルが御礼とばかりに魚たちの舞を披露し、魚たちは湖の上を軽やかに跳ねて水中と天空の障害をいとも簡単にキャンセルしてのけた。跳べる魚——飛翔する魚! ここでバードたちの御一行に鮮やかなトビウオが加わった。
 ところで、バードたちは概念から羽化した理想的な存在だったため、実在する魚や木の実を捕食して生存を維持する必要はなかった——では彼らは何かを必要としたか? もちろん概念としてのバードたちにも何か存在の維持のために必要な要素が皆無というわけではなかった……概念は、〈美しき調べ〉を実際には必要としていた。〈美しき調べ〉とは、音楽のことである。それは高らかな歌、大胆不敵で輝いた歌、肯定の歌、何かを賛美し美しきものへと回帰する歌であった。それらは概念上そのたびごとに新しく作り直される必要があった。バードたちは自由に飛翔する中で、世界からそうした〈新しい歌〉が歌われているのを見つけ、その養分をたっぷり吸うことが必要とされていた。新たなる〈美しきしらべ〉を探索することもかねてバードたちは飛んでいたのだった。そして今回の森にたどり着いたわけだ。

 しかし幸福な死の訪れは静かに忍び寄ってきた。エデンの園と呼ばれたその場所で……愚かな行為を常にし続けるものが、さらに不幸な運命を背負ってしまった。その愚かな地球上の存在は、犯してはならぬ禁忌をうちやぶってしまった。その愚かなる地球上の存在は、もちろん人間の出発点である。この物語を語る上では便宜上〈愚かなるもの〉と表記しておこう。愚かなるものたちは森の生き物にそそのかれ、いとも簡単に「捕食」をしてしまったのだ。甘きをしってしまった愚かなるものは、苦しきをこれから味わわねばならなかった。それどころか、彼らはその愚かさの末に世界をやがて破壊してしまうという凶暴な性格をも付与されてしまったのである。凶暴さの棍棒と迎撃としてのピストルを手にしてしまった愚かなる者は、やがて吸い寄せられるようにもう一つの森——すなわち樹海の糸を手繰り寄せて盲目な暗夜行路をはじめたのである。彼らは視力を奪われ、目の前の景色も分からずにひたすら恐怖のなかで彷徨 errance をはじめたのだった。目の前の景色が分からない。それゆえ彼らは棍棒を振り回した。ピストルを空打ちした。そうして森に住む者たちをどんどん威嚇し、同じ恐怖と混乱の渦の中に陥れ、自らもどんどん臆病になっていくなかでその存在の残酷さぶりを発揮していたのである。
 スズメはその空打ちの音を遠くから聞きつけたような気がした……同じく本質から〈臆病〉を患っていたスズメは、そのあまりの不審なるピストルの響きにほとんど驚愕しそうになった。これは世の通常の音ではない——もちろん〈美しきしらべ〉とはかけ離れている! それくらいピストルの音は世界を激震させるものだったのだ。バードたちからまだ遠く離れている〈愚かなるもの〉たちは、もちろん実弾をも手にしていた。かれらは恐怖が狂気に反転するころ、やがてその実弾を装填するであろう。実弾を打ち込むであろう。そのとき最初に世界にひびが入り、「現実の(概念としての)」バードたちはやがて殺されるであろう、最初の人間に。愚かすぎるものたちに。禁断の果実を手にした者たちによって。