書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

「アンナ・カレーニナ」ノート (3)

 今回はpp250~500くらいまでなんですが、すぐに集中力が切れる僕としては、『アンナ・カレーニナ』はかなりはまり込むことができます。まだ読了していないけど。ところどころ唸った所を紹介しますね。

 『要は、自分の目的に向かって根気強く歩み続けることだ、そうすれば目的は達成できる』とレーヴィンは考えた。『しかも労をいとわずに、働くための、立派な理由があるのだ。これはおれ個人の仕事ではない。ここには全体の幸福の問題があるのだ。農業経営自体が、特に――全農民の状態が、完全に変革されなければならない。貧困の代わりに――全体の豊かさと満足、敵意の代わりに――和合と、利害の一致。一口にいえば、無血革命だ。これはおれの群の小さな範囲に端を発し、やがて県に、ロシアに、世界中に波及していく偉大な革命なのだ。なぜなら、正しい思想はぜったいに実を結ばずにはいないからだ。そうだ、これがそのために働くに値する目的なのだ。……(略)   
トルストイアンナ・カレーニナ』(集英社・世界文学全集22, pp325)

 全体の幸福、全体の豊かさと「全体」が強調されていますが、革命思想、それも全体の幸福に資するという共産主義的な思想がレーヴィンの内心から出るシーンです。このあたりはけっこう物語の中でもキー場面で、レーヴィンは自分の村に帰って田畑仕事を見直す時に自分のこれからの行く末が示唆されるのですが、これは自分の(農業)経営をあーだこーだと悩んでいるときに若気の至りで興奮しているところ。とてもロシアっぽいと思いました。時代的ですね。レーヴィンには、革命を心の中に唱えた次男と、自分哲学とでもいうべきストイックな信念を持つ長男との間にあって、自分は無信仰・中立派、ぐらいの立ち位置を取るのですが、それでも革命には共鳴するところがあるみたいです。

 彼女の言ったことには、特に変わったことは何もなかったように思われたが、彼にとっては、そう言ったときの彼女の一声一声に、唇や、目や、手の一つ一つの動きに、言葉にあらわせぬどれほどの意味がこもっていたことか! そこには許しを乞う願いもあったし、彼への信頼もあったし、親しみ、やさしい、おどおどした親しみもあったし、約束もあったし、彼への愛、それを信じぬわけにはいかぬ、そして幸福で彼の胸をふさいだ、彼への愛もあった。
アンナ・カレーニナ』pp362

 
 この描写はすごい。一つの挙動にどれだけ意味がこもってたんだよwwと思いましたが、まさにトルストイによる人間心理の解体新書みたいです。人間の内感をことこまかく列挙し、しかもそれを一つの動作から互いに読みとりあうというのは以前の記事でも社交界のシーンに多々見られるというようなことを書きましたが、社交界だけではなく主に全体に渡って、男―女、兄―弟、母―娘、貴族階級―貧民階級と、コミュニケーションがなされる場所ではどこでもそういう心理の読み合いといった記述が見受けられます。


 彼[註:レーヴィンのこと]の目が見たのは、彼の心をも満たしている愛のあの同じ喜びにおびえた、明るい、真心のこもった目だけだった。その目はきらきら輝き、愛の光で彼を盲いさせながら、ますます近付いてきた。彼女[註:キティのこと]は彼のすぐまえに、ふれるばかりにとまった。その手が上がり、彼の肩におかれた。
アンナ・カレーニナ』pp381

 ここはひときわ美しいシーンで、幻想的なまでに華美で、幸福です。僕はこのあたりを読んでいて、正直『アンナ・カレーニナ』の面白さが底抜けだと思いました。幸福な場面のために、描写もひときわ輝いているのです。タッチを変えることで話の雰囲気が一段と変わっていくのは、物語の書き手としても非常に勉強になるところがあると、トルストイの偉大さを感じました。本当に美しいです。

 今、読書自体は550ppくらいで、終りのpp760まであと200頁強! がんばっていきます。