書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

森の神話学――大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』

 目次

 序章 M/T・生涯の地図の記号
 第一章 「壊す人」
 第二章 オシコメ、「復古運動」
 第三章 「自由時代」の終わり
 第四章 五十日戦争
 第五章 「森のフシギ」の音楽

 Wikipedeiaによると、この『M/Tと森のフシギの物語』はノーベル文学賞の検討に際しての参考作品の一つに挙げられているらしい。ノーベル賞の受賞理由は以下のとおりである。
”詩的な力によって想像的な世界を創りだした。その世界では生命と神話が凝縮されて、現代の人間の窮状を描く摩訶不思議な情景が形作られている。”

 この摩訶不思議な情景、世界というのは四国の森の世界であり、本作は大江の森体験における非常に重要な作品となっている。岩波文庫の本書の終わりには大江健三郎自身による解説めいた「語り方(ナラティヴ)の問題(一)」「語り方の問題(二)」というあとがきがついているのだが、まさに「語り」が重要なのである。

 本書は語り手「僕」によるですます調が用いられ、「僕」が森・村の昔話をポツポツと立体的に語っていくといった口調で語られていく。しかもそれは、祖母の実に奇怪に満ちた村の伝承にまつわる話を語り手の「僕」が幼少の頃を思い出しながら回想していく……という形をとっている。それは次のようである。

――とんとある話。あったか無かったかは知らねども、昔のことなれば無かった事もあったにして聴かねばならぬ。よいか?
――うん!
 それは昔の実際にはなかったことを、話で語られるとおりに、それらのことはそのまま現実にあったと、過去を造り替えてしまう、そういう作業を行っていることではないか? 僕は漠然としか自分の心の中で言い表すことができない、しかし根強い恐れを抱くようになっていたのでした。

 そして祖母が明かす森と村にまつわる話は、第一章の「壊す人」や第二章のオシコメなど、摩訶不思議で面白い話ばかりである。「壊す人」はその昔、村を主導して基礎を作り上げた伝説的な人物(?)であるのだが、とにかく体が大きく、しかも死んでなおその存在を続けているという人知を超えた、「神話」ならではの存在でもある。オシコメは女性で、「壊す人」の女房役でもあり、「壊す人」が死んでからは代わって村を引っ張っていく、これまた体の大きい(それは普通人の十倍はあろうかという)神話的人物である。 このほかにも、メイスケさんと言われる人物など、森の伝承が祖母のリアルな語りと神話的人物たちのハチャメチャな活躍によってダイナミックに進んでいく。

 大江健三郎のあとがきと、岩波文庫の解説を書いた小野正嗣さんの分析を読めば分かるのだが、『M/Tと森のフシギの物語』は『同時代ゲーム』と話を同じくしていて、そうでありながら「語り方」や幾つかの挿話などにおいて、根本的に筆を書き改めたのがこの『M/Tと森のフシギの物語』だそうである。正直、登場人物たちの喋り方がうざったくて、後半になるにつれしんどい向きもあるが、終わりまで読んで、あとがきと解説を読むまでいくと救われた気持ちになるそんなつくりである(笑)