ラテンとスペインの血を僕はあの年に知っていた #4
ナイトとの恐るべき決戦。
「反文学」のいつものグループ会議(基本的には週一、あとは要望があれば任意で他の日に開催されることもあった)で、僕たちは互いの作品をけちょんけちょんにけなしあって、疲弊した後、濁りそうになった空気を元に戻す為に全く違う話題をお涙程度に披露したりするのだった。しかしそれはそれで面白かった。どのみち現代人は孤独に飢えていて、インターネットを介して大人数で声のやり取りをするのはそれだけでもかなり面白かった。一見皆の仲がほどほど良かったのもグループ会話の旺盛に拍車をかけていた。
あるときのグループ会議で、ナイトはいきなりフランスの批判というより悪口をただだらだらと述べ始めた。フランス人は自己中心的で自慢ばかりする、エゴイストばかりだ、だからフランス文学はつまらないんだ、フランス中心主義には目も当てられないよ……彼の話を古井や公房といったメンバーは慎重に、あるいは同意して聞いていたかもしれない。ちなみに、ナイトと公房は同じ大学の先輩と後輩関係で、二人揃って同じドイツ文学のゼミナールに所属していた。だから公房が先輩のナイトの話を興味深く聞くのは頷けた。僕ははじめから公房を尊敬していた。公房はかなりセンスの鋭い作品の書き手であり、同時に頭も最高に良く、批評や哲学にも通じていた。ナイトだってある種の天才性のようなものはあったかもしれない。ただ、僕はナイトはナルシストだと勝手に思っていた。そう思うような個人的エピソードがあったからだ(これについてはまた後述する……
)。
とにかくナイトがフランス批判だのフランス非難だのの罵詈雑言を紡ぎだしているとき、僕は一切声を出さなかった。なぜなら僕は総体においてフランスの愛好者だったからである。
そこで、次の日、僕は平静を装ってナイト個人のスカイプにチャットを送ってみた。個人的に話がしてみたかった。というか、彼の行き過ぎたフランス批判に、僕は我慢ならないものを覚えていたからだ。だからその辺を聞いてみたかった(か、純粋に議論してみたかった)。彼は今は昼ご飯を食べているので、適当な感じでもいいなら、通話もできる、と素っ気なく返してきた。僕は仕方なく通話のダイヤルを押した。
ナイトはカップラーメンか何かを食べている様子だった。直感で分かったのだがナイトもまた僕のことを嫌っていることが薄々感じ取れた。まったくつまらないことだった。しかし僕は敢えて話をしてみようと思った。
昨日。フランスの話しましたよね。
え? あぁ、したね。
あれ、ちょっと僕は言ってなかったんですけど、あんまりだと思ったんです。ナイトさんは、フランスを馬鹿にしすぎじゃないかと。一体フランスの何がそんなにダメなんですか?
……というと?
いやね、僕はフランスが普通に好きなんです。文化や、歴史なんかも含めてね。だから、ちょっと我慢ならなかった。
……ミステイさん、一つ聞いてもいい?
はい。
あんた、前から思ってたんだけど、哲学者とか文学者をアイドルみたいに思っていない?
は???
いやさ、ミステイさんが語るドゥルーズだとか、サルトルだとか、なんだかいちいち偉そうに聞こえるんだよね。あんた確かアイドルも好きだったよね。アイドル視してるの?
この人は何を言っているんだろうと本当にびっくりした。同時に怯えた。僕が哲学者をアイドル視? 意味が分からない。僕は確かにサルトルやドゥルーズが好きだったが、それと彼らの著作を真面目に読むこととは全く別の問題だ。
僕はやるせない気持ちを必死で隠しつつ、そのような当たり前のことをただ淡々と述べた。すると、ナイトもとりあえずふーんとだけ言って、引き下がった。
そのあとは、もう会話をするのもいたたまれなくなって、二人とも沈黙が続いた。だから、この通話は終わった。そしてこれ以降僕がサシでナイトと通話することは二度となかった。