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書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

近況報告 大江健三郎、リョサ、英語

ブログタイトルを変えたいと思ったのだが、やり方が分からない。変更不可能なのだろうか。誰か分かる人いたら教えて欲しいです苦笑

 文章を書くのも少し久しぶりである。ブログは1カ月ぶり。
3月末の各文芸誌の新人賞に作品を出そうとしていたのだが、土壇場でふんぎりがつかなくなり、結局諦めたことが大きい。新人賞の対象となる100枚作品を仕上げるのは僕には本当に大変なことだ。それよりも、50枚~100枚の作品が一つ、書きかけが一つあるので、そちらを進めながら、また100枚作品は優先順位を下げて(しかし書くことは書く)いこうと思っている。


 最近は、隙間時間を見つけたら、英語のリスニングをやっている。といっても、iPodに入れた音声教材を繰り返し聞くだけ。
一通り聴いたかな、と思ったら、スクリプト(文章)を見て、分からなかった単語を調べ、間違えて聞こえていた箇所にマーカーをひき、文章を見ながら繰り返し聴き、そして音読。

 音読は、夜間にやると人を起こすし、カフェとかでもやりづらいのだが、音読をやるとリピートしつづけた英語が少しでも身体の中に入ってくるような実感を得ることができる。
 テイラー・スウィフトレディ・ガガのインタビュー音声を経て、ベッカムの音声も一通り終わり、今はCNNエキスプレス4月号の残りの教材(中級)と、セレブ・インタビューからブリトニー・スピアーズジョディ・フォスターをやっている。

 さて、そんな中で最後に残った時間にちまちま読書をやっているのだが、今は大江健三郎の『懐かしい年への手紙』とバルガス・リョサの『緑の家』(岩波文庫、上下巻)を中心に読んでいる。
懐かしい年への手紙 (講談社文芸文庫)
緑の家(上) (岩波文庫)

 健三郎については、3月に『晩年様式集』を読み終えたのだが、これがまた曲者だった。非常に読みづらく、腹立たしく思わされるところもあり(笑)、しかしやはり最後まで読む気にさせられる作品だ。
 大江の言う、「レイト・ワーク」(晩年の仕事)に位置付けられる一作品を読んだことになるわけだが、なんとなく大江が『燃え上がる緑の木』三部作以降の、不思議と一貫した作品を書き続けている姿勢が読みとれるのだが、これはもうチェンジリングとか『レイン・ツリーを聴く女たち』なんかも読まないと、分からないなと。しょうがないのである。当の『晩年様式集』に大江健三郎の作品とその作品に対する家族(女たち)からの応答・批判がもろに書かれているのだから……。ほんと変な作品である。だけど嫌いじゃない。でも読みにくいから一回読んだところでは60点くらいの読了感とした笑

 バルガス・リョサは面白いねー。うん。実は、『緑の家』と『楽園への道』のペーパーバックも買ったんです笑 英語熱を上げようと思い。
『緑の家』はまだ読み途中なのであれだけど、読み終わったら、五月に河出文庫から『楽園の道』文庫版が出るらしいので、それ買って仕上げようかな。

 あと、ポール・オースターも割と集中的に読んでいます。3月に発売された『冬の日誌』を読み終えて、やはり深い感銘を受けて、その対をなす作品であるところの『内面からの報告書』も今月のお給料貰ったら買います。
 そして、前から持っていたペーパーバックの『City Of Glass: New York Torilogy』もめっちゃゆっくり読んでいるのですが、ガラスの街ってこんなに面白いんだなって感じてます。『冬の日誌』は作家オースターの半生が間接的に伝わってくるような作品なのですが、それを踏まえた上でガラスの街を読んでみるとまた違った発見がたくさんありそうです。

 と、勢いよく書きましたが、現実には新しい仕事もはじまり、小説や英語以外にもストレスを発散させたり楽しみを見つけていくことに割と必死です。

黄桃缶詰の新しい雑誌が出せて良かった。これからみんなの作品を読んで、一周り先に帯文みたいなコメントを考えるつもりでありんす。