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書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

上野千鶴子に誰か続け

今日、こういう本を図書館から入手した。
キャリバンと魔女

正式タイトルは『キャリバンと魔女――資本主義に抗する女性の身体』。タイトルから見ても分かる通り、本書はジェンダー論と資本主義論(政治経済学)を積極的に結び付けようとする野心作。主に17,18世紀にヨーロッパで行われた魔女狩りという事象を元に、何故魔女狩りは行われたか、魔女狩りが近世の始まりに起こったということの意義などを、広い観点から捉えることがキモ。マルクス主義フェミニズムフーコーという理論枠組みを検証・批判しつつという内容で、いろいろすごい。

 昔、師事していた(というより研究室に乗り込んでたまに本や社会学のことについてべらべら話してもらっただけでもあるが)先生が、フェミニズムジェンダー論の研究所も持っていて、僕も当時偶然のきっかけでジェンダー論に興味を持ったことがあったので、それ以来この分野には薄く浅く興味を抱き続けている。そして、最近思うのは、フェミニズム論・ジェンダー学はちょっと寂しいのかな、ということだ。それは僕自身が、この分野を積極的に開拓しようとはしなくなっていることにも大いに関わっているが。

 日本のフェミニズムということでまず名が挙がるのは上野千鶴子だと思う。それくらい彼女の存在意義は大きい。
上野さんの仕事は多岐にわたるが、著作で言うと『資本制と家父長制』は、ジェンダー論関係者だけでなく、広く資本主義研究、家父長制研究、社会学一般に興味が或る人に対して開かれている意欲作である。文庫にもなっていると思う。文庫になっている上野さんの本はだいたい読まれるべきだと思う。

 そんな上野千鶴子さんも、確か今年度で大学生活を終えられるのかな……? 歴史の一区切りである。

それから僕が敬愛していた数少ないフェミニストの一人に竹村和子さんがいたのだが、竹村さんは2010年あたりに急に亡くなられてしまったのである。まだ50代半ばであったと思う。僕はとてもショックだった。これから竹村さんの大仕事がたくさん出て、「闘う理論派フェミニスト」として自分も勉強させてもらおうと思い始めていたばかりの頃だっただけに、残念の想いは強い。

 竹村さんはジュディス・バトラーの著作を積極的に翻訳されていた。『ジェンダー・トラブル』や、そのジェンダー・トラブルのスローガン、「性は社会的に構成されている」は一般人でも聞いたことがあるくらい有名だ。

 それから、何冊か地元の図書館にフェミニズム関連の著作をリクエストしているが、どうも先にあげた上野千鶴子さんや竹村和子さん、ジュディス・バトラーらに比肩するような大著・意欲作が無い気がする。なんとなく。

『キャリバンと魔女』をパラパラとめくっていると、海外文献のジェンダー論やフェミニズム研究は相変わらずコツコツとなされているようなので、そういう情報を集めていなかった自分に気付く。

今、上野千鶴子並に「性」についてアツく、しかし理論上においては誰よりも鋭く冷静に論を運んでいく研究者は、日本に何人いるのだろうか。『キャリバンと魔女』を読みながら、気分が乗ってくれば日本のフェミニストたちの近年の動きについても何らか知りたい気持ではある。