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書も積もりし

小説、哲学、雑感など。誤字・脱字が多いのが哀しい

過去の駄作の話

 そういえば、昔、とてもつまらない小説、名前ははっきりと覚えているが、「ユメナという〈存在〉」という短編小説を書いたことがある。短い話だった。深夜の1日で書き上げて、恥ずかしいことに書き終えると高揚ととても満たされた幸福感に包まれた。だからその時点ではその作品はとても自分にとって――そういう事を言うのも憚られるけども――大切な作品だった、当時の未熟な自分なりに。
 当時の私は同人誌団体のようなものに入っていて、意気揚々として、みんなに読んでもらって感想を待ったのだが、ほとんどすべての人に酷評された。酷評され尽くした。あれほど恥ずかしいことは無かった。ただ一人の優しい年配の方がなぐさめてくれたことすら情けなかった。激しく批判されて、嘲笑されて、一日たっても二日たってももやもやと落ち込んでいた時、「ユメナという〈存在〉」がどういう悪点を持っていたかは理性的に受け止められるようになっていた。その中で、つまり酷評した方々はユメナを一瞬で抹殺したが、私はかろうじてユメナを救えないかとそればかり諦め悪く考えていた……。
 「貴方は、こういう小説は書いちゃだめですよ」と言われたことは一番落ち込まされた。書いちゃだめと言われることは、全否定そのものだからだ。それでも僕はユメナの言わば蘇生方法の様なものを探そうとした……ほとんど無駄な足掻き以下に過ぎないものだったけれども。
 何が一番悪いかというと、その書いた作品をあまりに私が愛しすぎていて、ちっとも作者から手放されていないということだ。そのような、読んでもらうからこその作品を作者が抱え込んだままで、どうして作品が作品たりえようか。そのようなことを当時の私は学ぶにあたり、今では良かったと無論思っている。失敗は常に前進の要素になりうるからだ。
 しかし、その作品としてではない、ただの一人の雑記としてのユメナ……これは、私だけのものだ。永久に世に出されることはない。私だけの、私の為の文章。そんなよく分からないエゴイズムめいた心理方法で、ユメナは焼き捨てられたとでも言っておこうか。
 それでも、やはりあの作品を、一晩の熱情だけで書き上げたこと、その後の幸福感だけは、忘れることもできない。

※ 「ユメナ」の原稿はなにがあろうとも世には出ません(笑)